2013年5月6日月曜日

タクシー運転さんに思う。人生、健康長生きだけが全てではない‼



タクシー運転手さんに思う

元気一杯の身体で愛知三河から大阪へ移動式クレーンオペとして出向いた現役時代の私であった。当地で思いもつかぬ不自由な身体となった私は、故郷江南の地で勤めてリハビリ通いと散歩を励行し、全身の部位に隈なく鍛練を来す様にしている。勿論往復自らの脚で移動すべく徹底化しているが、突如雨降りになったり、この地特有の伊吹下ろしで凄まじい強風が吹き荒んでいる時には、止むをえず障害者用割引チケットを使い「タクシーで帰宅」する。地元の名鉄タクシーを呼ぶ。

一、
その際タクシー運転手さんの対応は、九分九厘ほとんどは、地元尾張生まれであるばかりか親切、心温まる対応で感謝している。中には以前も利用した事がある顔馴染みであったりもする。しかしすべてがさにあらずで、極く極く稀に健常者と同じ対応をして、モタモタしていると失礼千万な言葉を吐く者が居て、心底嫌悪感に苛まされる。

二、
その言葉使いはお客、利用者に対して言うべきでない位は中学生でも分かる程の厳禁句だから仰天、落胆する。無論、不自由な身体だからこそ一つに市から割引チケットを貰っている。普通の人格者ならば分かりそうなものだ。

三、
私も実は大阪時代の晩年には約三年間タクシーに乗務した経緯がある。人それぞれで違いが各人各様にあって当然だが、私自身は個人的見解だが、「生き甲斐を感じた日は一日もなかった。従って保険加入から外され嘱託待遇の通知を受けた日に即日退職してタクシーそのものから降りた。大のオトナが、よくもたかが一人か二人の人を乗せて運送しているものだと価値の無さに呆れっぱなしだった。」からだ。

四、
こんなタクシー一筋、即ち単純、単調な生活姿勢をし続けていれば、確かに心にストレスは溜まり様がなく、健康維持、長寿には良いに決まっている。だが余りにも夢も希望も無い世捨て人、退廃的人生航路としか言い様が無い。私には到底耐え切れなかった。

五、
冒頭に記した様に、一口に移動式クレーンオペといっても、メーカー(タダノ、コベルコ、かとう、小松、日立、、)が違えば、回転や吊り上げ下げやブームの角度の起伏を調整するレバーやレッコを行う踏み込みペダルの配列位置はマチマチで異なっているから、慣れるまでは一苦労する。

六、
愛知では大型貨物車に乗っていたし、事務所気付けの国家資格はとっくに既に取得していた。大阪では固定式天井クレーンの資格をとって実際乗務した。

七、
「この道人生一筋」と言うば聞こえは良いが、それに営業マンの運転とは違い高等なプロフェショナルな安全、快適な運転が求められるタクシー運転手さんとはいうものの、短距離間の走行、運転ならば誰もが出来る範疇の生業には間違い無い。時代や社会が強く希求する技、仕事は絶えず変遷して行くのが世の常だ。国民たる者、この要請に逐次呼応して行ってこそ人生の価値は貴さを増す。
[タクシー一筋に渡世し切れば、長寿、健康維持には最適志向だが、余りにも人生を蔑ろにお粗末にするスタンスだ。長寿を全うしてもさしたる価値は見出せえない。]

[ましてや、無理に無理が重なった挙句、身障者に陥り且公的に認定済みの乗客に対して、あらぬ失礼な対応をするタクシー乗務員なんて、言い訳の余地は無い。論外そのものだ。]

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